ゲスト寄稿者・うたがわが注目のコンテンツと太田のカードゲーム紀行|ecg.mag #13
ecgの太田です。先月号は突然の休刊をしてしまい失礼しました。そこでしゃがんだ分、今月号は特別なことが二つあります。ひとつは、海外ネタです。もうひとつは、ゲスト寄稿です。後者は5月号でパイロット版的に試みた企画で、その際にはゲームに詳しい柑橘氏が『学マス』と『Hades II』について書いてくれました。
今号のゲスト寄稿者は、うたがわ氏です! うたがわ氏とは文学フリマ東京で初めてお会いしました。その際はecgのブースを手伝ってくださいました。氏は東南アジアの紀行文をZINEのかたちにまとめってらっしゃるので、要チェックです。
海外ネタのほうですが、これは太田が担当します。じつはこの文章は国際線の機内で書いています。オランダ・アムステルダム発、成田行きの復路便のなかです。じつは7月末は1週間ちょっとのあいだ新婚旅行+カードゲーム遠征をしていました。(新婚についてもカードゲームについてもこれまでメルマガで取り上げていますね。)少々くりかえすと、今年の3月に結婚しました。その後、のめり込んでいるFlesh and Bloodというゲームで成果が出て、海外で開かれる賞金制の競技レベルの大会に出られる権利を得ました。その大会の開催地がアムステルダムだったんですね。ちょうどよいのでまとめてやってしまおうということで、妻と二人でオランダを中心に海外旅行をしてきたというのが、ひとまずの経緯になります。
旅先ではミュージアムをたくさん見て回りました。見聞きしたものについてはいつもどおり、事例紹介のフォーマットで書いています。
この巻頭の枠では紀行文風のカードゲームエッセイを少しやってみます。以下のような感じのエッセイを今年はしばらく書いていこうと思うので、もしもお気に召したら気長にアウトプットを待ってみてください。9月下旬にZINEを発行する予定です。
サイコロを振るために、わざわざアムステルダムまで出向いたのか。いわゆる「運ゲー」をするために、8000キロ超の距離を移動して来たのか。
──だれかにそう詰められても不思議じゃないと思った。それはプロツアーと呼ばれる最上級の世界大会で2連敗しているあいだに思ったことだ。
「わざわざ」の程度も、なかなかのものだった。この大会遠征にはたくさんのものがかかっていた。13.4時間のフライトと、約20万円の航空券と、それだけじゃない。旅程を決める作業も、行き先の調査も、宿の比較検討やらミュージアム訪問の予約やらデータSIMの準備やら二人用のスーツケースの購入やらもあった。この休暇のために前もって片付けた仕事、そのための追い込みの稼働と、それでも片付かなかった仕事を持ち込んでいるストレスと、エトセトラ、エトセトラ。
そしてもちろん、勝つための準備も、である。
5月にプロツアー出場の権利を得てから、7月20日の土曜日に日本を発つまで、ほんとうに忙しなかった。あらゆる時間は「勝つための準備の時間」か「勝つための準備をサボっている時間」かのどちらかになった。しかし勝つための準備をしているはずなのに、練習をうまく組み立てられず、焦点を欠いたまま手探りの状態がつづくこともあった。フラストレーションが溜まる。そんなときは自罰の感覚を和らげようと、自分への言い訳として「仕事」を持ち出していた。
「いまわたしはFaBをサボって仕事をしているのだ」と、そんな気分になることもあった。ただしこのあたりの感覚は、労働時間を自主的に決められるフリーランスに特有のものかもしれない。
そのくらいの迫力で時間を投下していても、けっきょく準備はまったく間に合わなかった。準備不足を痛感したのは出発の4日前のことだった。この期におよんで持っていく予定のデッキを変更しようかとするほどの迷走ぶりだった。
「ケイヨーのデッキってアムステルダム向けだとどう思われますか……?」タンセイさんにメッセージで泣きついてみた。「ちらちら横目では見てたんですが、ちょっと本気で検討し始めました。本当にいまさらな変更ではあるものの……」
「立ち位置的には、悪くないけど良くもないですね。試してみますか? スパーできるので通話入りますよ」
タンセイさんは初代日本チャンピオンで、とても教え上手な方だ。彼はいろいろな対人ゲームを経験してきたが、どこであれコミュニティに馴染むといずれ「先生」と呼ばれるようになる。そんな方が練習相手を買って出てくださるとは、たいへんにありがたい話である。
その後タンセイさんを相手に新デッキを回してみたが、あえなく全敗。そこで新デッキの探究は終わった。その後3日間は根を詰めて、もとのデッキの調整をおこなった。結果として、ひとつの事実を認めるに至った。
いまのデッキでは、不利な相手には確実に負ける。しかし、五分程度の相性を見込めるデッキがたくさんある。不利対面を踏まないように祈るほかない。つまり、当たり運にかけるしかない。
そうして祈った結果がこれである。
第一回戦、不利対面。負け。
第二回戦、不利対面。負け。
第三回戦、有利対面。負け。
第四回戦、五分対面。負け。
(To be cotinued……)
🌐今月のトピック紹介
2012年から2017年にかけて、ボカロPの日向電工(ひなたでんこう)が放った楽曲のアルバム。バンドサウンドの間を縫うように転がるシンセサイザーは、2010年代のボカロ楽曲らしい軽快な音色だ。
見どころは、16分音符で展開される早口の歌詞。遊覧飛行を嗜んでいると思いきや、次の瞬間甲と乙が寺を駆けながらやいやい喧嘩している。ヒンドゥー由来の語彙が目立つが、それ以上に日本語の遊び方が軽やか、かつ、丁寧である。モノクロの歌詞カードは、ポップで煩瑣な作風にぴったり。聴けば最後、一つ眼の地底人が脳内で舞い続けるだろう。(うたがわ)
同作は、2015年に発表された江野スミのデビュー作である。「呪い」をテーマに、怪獣に捕食されることを生業とする呪術師と、大学の非常勤講師の間で繰り広げられる摩訶不思議非日常。
江野先生、漫画うめんだ。一に画力。地獄と現代を往来する2人の周囲を、血と化け物がおぞましく囲い込む。二にギャグ。地獄の重苦しさに飲まれることなく、子気味良い笑いがねじ込まれている。三に展開。話題の組み方がとかくうまい。次のページにはいきなり事が起こっている。かつ、キャラクターの過去がないがしろにされることはなく、大切に示されている。同作に関する記述はないが、考察とグルーヴに満ちた江野先生のブログもおすすめ。(うたがわ)
運河沿いの邸宅(カナルハウス)が写真美術館になっているというたいへん素敵なミュージアム。17世紀に建てられたカナルハウスの2棟分を用いた贅沢な空間となっており、「ホワイトキューブとは真逆」(公式ウェブサイトより)の鑑賞体験をもたらす。かつて品川にあった原美術館を思わせるところがあります、という紹介で友人におすすめしてもらい、旅程に組みこんだ。
印象に残った企画展は、オランダの写真家・Awoiska van der Molenによる「The Humanness of Our Lonely Selves」。これは建物の窓を対象にした白黒写真のシリーズだった。静的で動きの少ない構図のカットが多く、カメラのファインダーと被写体の窓枠が相似関係でくりかえされているような印象がある。画面としての素朴な面白さが忘れがたい。被写体にはヨーロッパの家々もあれば日本のものもある。かといって、家屋から窺える人間の営みの多様さを見せたいという意図を感じるわけでもない。もしくは、森山大道めかした窃視的なスナップの感覚からもほど遠い。カメラは窓を静かにただ写しつづけ、われわれはそれを眺めつづける。カナルハウスの壁に掛けられた窓の写真を見ていると、作品写真という形式が徐々に薄まっていき、それぞれがどこかべつの場所へ通じる窓そのもののようにも感じられてくる。ある種の異邦の感覚がもたらされる鑑賞体験だった。(太田)
今回の滞在ではアムステルダム市街の観光だけでなく、ロッテルダムにも足を伸ばした。MVRDVやコールハースの現代建築が建ち並ぶこの街は、オランダ第二の都市として名を馳せている。観光ガイドと建築ガイドを兼ねた『Rotterdam Architecture City』という書籍は街歩きに必携の一冊だ。
さて、未来派的なタイポグラフィ(「CENTRAAL STATION」)と奇抜な形態をもつロッテルダム中央駅を出て、南東へ向かう。その間も数々の現代建築を横目にしながら歩いて15分ほど経つと、ミュージアムが密集するミュージアムパークの地区へたどり着く。世界的に著名なボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館もあるが、残念ながらここは改修中につき2026年まで休館中。同館の収蔵品を収めるDepotという施設では、アートファン垂涎といった趣の企画がいくつも見られる。一例を挙げると、有名絵画のキャンバスの裏側が見られるような展示があった。そこには画商や仲介業者のサインなどが入っている。
そんなDepotの向かいに位置するのが、Nieuwe Instituutだ。ここは”Museum for architecture, design and digital culture”のタグラインを掲げている。いくつか企画展を見たが、ここでは「IABR 2024: Nature of Hope」展について軽く触れる。これはロッテルダム国際建築ビエンナーレの成果を集めた展示だった。生態系のバランスや気候変動が統一的なテーマとなっており、建築のジャンルはそれにどのように応答するかが焦点。建物自体の素材や工法の革新というのはもちろん試みられているし、室温管理の技術、交通環境の整備に関する提案もある。たくさんの事例からは、オランダが誇るサステナビリティについての蓄積や層の厚みをもちろん感じる。しかし同時に、自分が2010年代に学んだアート&デザインのソーシャルな諸事例と比べて、目覚ましい革新性があるわけでもないような印象を受けた。
そんなふうに展示の感想をふりかえりつつ日本に帰ってくると、40度にも達そうとする暑さに具合が悪くなった。アムスは札幌よりも緯度が高く、この時期の気温は上が25、下が13度くらい。あまりにも過ごしやすかったかの地から一変して、東京でこそ気候危機を身に沁みて感じる。(太田)
麻布競馬場にずっと関心がある。記事タイトルにもあるように、「タワマン文学」と言われているけれども、それは正確な表現ではないと思う。むしろ、1990年の前後5年くらいに生まれた中産階級の醜さや保守性にひたすら注目し続けている作家である。タワマンは、あくまでその一部にすぎない。生活と文化と労働、それが自慢や嫉妬、承認といかに絡み合うか、その結果、どこまでグロくなるか。要するに、はてな匿名ダイアリーやガールズちゃんねるなどに書かれていたようなことを、表舞台にもってきたのである。
先の記事が書かれたあとのことになるが、麻布競馬場は直木賞を取れなかった(次席だったらしい)。選考発表にあたって、南青山にある行きつけのワインバー「赤い部屋」で催されたという、いわゆる「待ち会」の様子については、本人が記事を書いている。これだけではなく、Twitterでいろいろ検索すれば、家入一真氏などの起業家や各界のインフルエンサーがこの会合に参加している様子を見ることができる。ちなみに、彼の担当編集者は、先ごろの都知事選でAIを活用した選挙戦術などが話題になった安野貴博氏の妻「りなくろ」氏だという。……なぜこんなことを書いているかと言えば、こういうシチュエーション自体、彼の小説で描かれる風景そのものだからだ(言うまでもないが、これらはすべて公開情報である)。
麻布競馬場の次回作は、全共闘を扱ったものだという。青春をそれなりに激烈な調子で過ごし、その後生活保守化するというのは、いつの時代にも存在する人間のありようだと思う。彼が同世代の人間に対するものと同程度の鋭さと細かさでもって、前の世代について描くことができるのか楽しみに待ちたい。(瀬下)
休憩中にテレビつけたらたまたまオリンピックのスケートボードがやっていたので、男女ともに予選から全部観てしまった。東京五輪でも話題になっていた瀬尻稜さんの解説も含めて面白かった。みんな自由な服装で、イヤホンしたりスマホをポケットに入れたまま滑ったりしてて競技っぽくないのが楽しい。採点基準や技の難易度はよくわからないけど、成功失敗はわかりやすいので観やすく、その点はフィギュアスケートに似てる。失敗したり逆転の目がなくなったりしても、余った時間でトリック決めて会場を沸かせたりする選手もいて、そういうノリも良かった。新しい種目だから盛り上げようみたいな意識もあるんだろうか。女子はPoe Pinson、男子はNyjah Hustonが好きだった。終始「近所のパークに滑りに来ました~」みたいなノリなのかっこいい。(松本)
VCR GTA(スト鯖GTA)やストグラなどで話題の大人数で遊べるGTA(Grand Theft Auto)。にじさんじのライバーたちが10日間の大規模コラボを行った。VCR GTAやストグラを遊んでいたライバーもいれば、完全初心者のライバーもいて、その混在具合がにじさんじ大型コラボの魅力だなと毎回思う。とても全部は追い切れていないが、日本人ながらEN参加の狂蘭メロコとローレンの絡みがひたすら面白かった。スト鯖GTAの時も思ったけど、もし自分が10代の時にこれを観ていたらめちゃくちゃ進路に影響受けそう。原神のmihoyoかANYCOLORか、みたいな……。(松本)
長年積んでいた九鬼周造の研究書。九鬼は近代日本の哲学者で、西田幾多郎より1世代ぐらい後の世代であり、著作としては『「いき」の構造』などが有名。自分にとっての九鬼は、「偶然性についての(西洋)哲学的な議論をベースに、和歌や恋愛などから生じる情感を捉えようとした人」であり、特に後者はある種の「日本的心性」を考える際の参考になるのでとても重要という認識をもっている。ポップカルチャーやコミュニケーションを論じたりする上でも使い勝手のよい議論をいろいろ残してくれていて、実際自分が以前『アイドル葛藤本』に寄稿した賭博論も、檜垣立哉を経由してほとんど間接的に九鬼を参照している(VTuberとかについて哲学的なアプローチで考えてみたい人がもしいたら、ゴフマンなどと並んで参考になると思うので、ぜひ『「いき」の構造』や『人間と実存』を読んでみてほしい)。そして『出逢いのあわい』だが、博論を元にした本ということもあり結構専門性高めだった。でも面白い。九鬼はあれだけ「なまの経験」にこだわってたのに、実際の書きぶりは結構生硬というか、やたら無駄に分類したり体系をつくりたがったりする一面がある。特に『偶然性の問題』はその傾向が顕著だし、『「いき」の構造』でもよくわからない図や分類を持ち出したりしている。でもこの『出逢いのあわい』を読むと、なぜ(初期の)九鬼がそうした論述スタイルを取っていたのかが、一定クリアに理解できる。たとえばその背景のひとつが、明治の終わりから大正にかけての日本において強い影響力を持っていた、新カント派(特に西南学派)の存在。九鬼と全然スタイル違うじゃん!って思うけど、確かに扱っているトピック(偶然性とか)は重なっている。九鬼ぐらいオリジナルな議論をつくる人でさえ、活動の出発点においては、その当時の流行や環境に強く影響を受けざるを得ないんだなあと、当たり前だが思った。(松本)
🔗オマケ
Clairo - Charm(太田)
「デザイン白書2024」を公開(瀬下)
二次元イラスト風俗看板(瀬下)
📒編集後記
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カードゲームで海外遠征いきたい! とここに書いて数ヶ月経ったのち、アムステルダムでの大会出場を経験して帰ってきました。本戦での成績は散々なものではあったが、サイドイベントと呼ばれる併設の大会ではバカ勝ちしたので楽しめました。そうそう、今回のプロツアーではなんと大阪を拠点とする日本人選手が優勝しました。賞金は現金50,000米ドルに加えて2000-3000万円ほどの価値のある特別カード。うおおおお(太田)
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何日も悩んだのですが、周りの友達に相談しまくった末、文化系トークラジオLIFEという番組に出演しました。ずっと追っていた速水健朗氏と初めて話せて、それはよかった。あとはまあ、いろいろ勉強になったかな。というわけで、他人が勉強しているさまを見たい人はどうぞ……。(瀬下)
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深刻な運動不足を解消するべく、先月からパーソナルジムに通い始めました。週1時間だけど、強度のある運動ってほんとに中学ぶりとかなのでしっかり数日筋肉痛になる。でもやっぱり何事も最初のうちは新鮮で楽しいですね。どのぐらい続くか自分でも楽しみ。(松本)
ここに入りきらなかったURLを貼ったり、ゲーム制作の進捗を報告したりするDiscordをやっています。気になる方はコチラからぜひ覗いてみてください。(瀬下)
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