『音を立ててゆで卵を割れなかった』、江之浦測候所など|ecg.mag #23

20日ほど遅れての5月号です
enchant chant gaming 2025.06.21
誰でも

ecgの太田です。

遅くなってしまいすみません! 5月のトピック紹介をお届けします。今号は瀬下はお休みなので編集部2名で書いています。

🌐今月のトピック紹介

本書の帯には「『食べられなかったもの』で振り返る30篇のエッセイ集」とある。じっさいに描かれるシーンとしては、食べようとしたが腐ってしまったメロンをベッドから見つめる経験や、食べているところをだれかに見られること、異性との食事の席でのあれこれ、アレルギーで食べられない食品が支配的な会食の場について、など。

著者の書きものについて友人と喋っていて、固有名が少ないことが特徴的だよね、というような印象をそのときわたしたちは得た。その印象に違わず、160ページ足らずの本書で出てくる固有名はきわめて少なく、せいぜいが坂本龍一とか、andymori、村上春樹、壊れかけのRadioなど。そのくらい。

固有名以外にどんな単語がページを埋めているかといえば、ゆで卵やカップヌードルやケーキといった食品の名称であったり、ひととの会話やそこに登場するネットミームだったり、あとは著者特有の滋味深い内省がある。ドタバタ調の展開がみられるエッセイもあって読んでいて楽しい。

思えば、エッセイという文芸形式のひとつのパターンとして、書かれている事象は過去のものでありつつも、生湯葉氏の文章においては先取りされた回想のようなものが埋め込まれていることが印象に残る──「きっといつか振り返ったときにこの日のことが修学旅行のいちばんの思い出になってしまうのだろうと、最悪の予感を沸々と胸の奥でたぎらせていた」。

魅力的だなと感じた数篇を思い出してみれば、のっけから読者が状況に投げ込まれているという印象的な導入──「白魚のような手、と言われたのだった。」──に始まり、状況のうちにあってその外から状況を俯瞰しているかのような内省の作業がはさまり、そしてよく組織されたオチに向けて数行を目で辿っているうちにくすっと笑いが漏れてしまう、そういうテキストがこの本には収められている。

ところで、なんらかの事象を思い出しながら文章を綴ることにかんして、ベンヤミンふうに考えるなら、個人的には以下の記述が思い当たる。

「もし敵が勝利を収めるなら、その敵に対して死者たちさえもが安全ではないであろう──この認識にどこまでも滲透されている、その歴史記述者にのみ、過ぎ去ったもののなかに希望の火花を掻き立てる能力が宿っている。しかも、敵は勝つことを止めてはいない」(ベンヤミン「歴史の概念について」)

他人とのコミュニーケーションに際して日常のなかで生じるどうしようもない推移にあって、自分が傷つくことになってしまったり──マイクロアグレッションと言ってもいいが、そうした言辞では強すぎるような出来事をここでは想定している──おのれのウィークポイントに苛まれたりすることはいくらでもある。ある種の敗北の感覚と、あとから当該事象について記述できてしまうことの全能感と。その両者のあいだで、多くのエッセイの書き手は揺れ動いている(ように感じる)。だけど、そんな張り詰めた読書体験を颯爽と裏切ってしまいそうな清涼感とともに、生湯葉氏の記述にはある種のやさしさが漲っているのだった。どこまでも幸福な読書の時間でした。(太田)

小田原は江之浦に杉本博司が作った文化施設。妻が前から行きたいと言っていて箱根旅行のついでに立ち寄ったのだけど、のんびり時間を過ごすには最高の場所だった。立地的には根府川駅からバスで山を登ったところに建っていて、どこからでも相模湾を見渡せる。柑橘類の名産地らしく、併設されてるカフェのスカッシュも超おいしい。あまりにも空気がおいしくて、施設内に入る前にカフェで30分ぐらいぼーっと海を眺めてしまった。ほとんどが屋外の展示で、基本的には近世以前の石碑や建築などが多い。個々の作品というよりは空間全体を楽しむ感じで廻り、だいたい3時間ぐらい過ごした気がする。予約制でアクセスもやや大変なので、あまり人が多くないのもありがたい。箱根そのものよりもリフレッシュ度が高かったので、また違う時期に寄りたいなと思った。(松本)

最近都市論的な機運があるので、家に積んであった経済地理学の本を読んでみた。基本的には、チューネン、ウェーバー(マックスの弟)、クリスタラーという著名な地理学者たちの学説を紹介する立て付けの本だけど、著者自身の解釈や考えも比較的前に出てくるので、門外漢的にはむしろ読みやすくてありがたかった。分野の内容自体は、(現代の)個々人の都市経験とはあまり関係ない感じもあり、勉強にはなったけど、どう面白がればいいのかが難しい。ただ後半の人口移動についての章は、人々がSUUMOを見ながら考えているようなことがモデル化されている感があり大変おもしろかった。また最後の方で、単なる分析に留まらず、人口減少や都市のサステナビリティなどの論点を踏まえて規範的な主張を作りたいという野心がある、とも語られていたので、続編?の『ポスト拡大・成長の 経済地理学へ 地方創生・少子化・地域構造』も買ってみた。次はこれを読みます。(松本)

🔗オマケ

Lili Deli(太田)

📒編集後記

  • 台北遠征の大会は前半戦で順調に勝ったものの後半で失速。体力不足を痛感しました。なのでしぶしぶ筋トレをはじめました。。(太田)

  • 最近は勉強欲高まっていていい感じです。あとは新しい電動自転車が欲しい。(松本)

***

ここに入りきらなかったURLを貼ったり、ゲーム制作の進捗を報告したりするDiscordをやっています。気になる方はコチラからぜひ覗いてみてください。(瀬下)  

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