『デザインにできないこと』と「修理する権利」|ecg.mag #18

今年もお世話になりました
enchant chant gaming 2024.12.31
誰でも

ecgの太田です。

さて年末ですね。今月もゲスト寄稿があるのでご紹介しましょう。今月は中村健太郎氏が参加してくれました。氏は建築をバックグラウンドにもつプログラマーであり、現在は東大・情報学環の博士課程に所属なさっています。修士論文でも扱った「修理する権利」をひきつづき研究中とのことです。(「修理する権利」という概念については以下にダイジェスト的な内容をご紹介いただいています。)

また、昨今のグローバルなデザイン言説の翻訳書についてもお書きいただいています。「切り抜き動画からデザイン潮流まで」をタグラインに掲げる弊メルマガにもうってつけな内容かなと思い、ありがたいです。

ひとまずご挨拶文としては末筆にはなりますが、来年もどうぞご贔屓くださいましたら幸いです。

🌐今月のトピック紹介

シルビオ・ロルッソ著『デザインにできないこと』は、「デザインへの幻滅」をテーマに、デザイン文化の現実を批判的に掘り下げた一冊である。本書は、ITによるデザインの半自動化や、職業的アイデンティティの不安定化といった問題を指摘しながら、デザインの現場に潜む「幻滅」の構造を明らかにしてゆく。特に、デザイナーという職業の経済的・社会的な不安定さに関する言及は、ペギー・ディーマーによる『The Architect As Worker』といった書籍群との共鳴を感じさせるものである。ロルッソは「建設的」にあろうとするデザイン理論への過信を戒め、地に足のついた批評を戦略的に実践すべきだと説く。現実主義に基づいたデザイン再構築の提案は、秩序や理想ではなく、混沌や妥協を受け入れる政治的行為としてのデザインのあり方を強調するものである。本書は散文的かつ挑戦的な書きぶりだが、ネットミームと過去の言説を交差させるジャーナリスティックなアプローチは今日的な批評の方法として十二分に機能しており、一見シニカルに見える筆致の裏にデザイン文化への誠実な姿勢が滲む一冊となっている。(中村)

2024年、米国では「修理する権利(Right to Repair)」を推進する法案が多数成立した。特にオレゴン州における「パーツ・ペアリング」の規制や、コロラド州での企業が購入した製品への修理する権利の適用が注目を集めた。前者はソフトウェアとハードウェアを組み合わせた最新の修理制限手法を規制するものであり、後者はこれまで消費者の権利に限定されてきた保護対象を拡張した点に新規性がある。これらの成果の背景には、Googleの積極的な支援があった。米国の「修理する権利」推進団体Repair.orgは、同社を「Right to Repair Advocacy Award(修理する権利擁護大賞)」に選出したとブログで報告した。

そもそも「修理する権利」とはなにか。一言でいえば、「購入者が製品を自分で修理する権利」である。あたり前のことのように思えるが、近年私たちが購入する電子化された製品の数々は、自力で修理できないことがほとんどである。たとえばAppleは、特殊なネジやソフトウェアロックを通じてユーザーによる修理を制限し、製品の買い替えを促進する戦略を採用してきた。この方針は他メーカーにも蔓延しており、結果として電子廃棄物(e-waste)の増加を招いている。運動としての「修理する権利」は、製品を所有者が自ら修理できる権利を訴え、消費社会から「所有者の社会」への移行を目指す活動である。その動きは欧米を中心に法的な闘争に発展しており、2012年のマサチューセッツ州での「自動車を修理する権利法案」を皮切りに、10数年をかけて数々の「修理する権利法案」が成立してきた。その広がりは直近数年で一気に加速している。多様化する企業による修理制限を解除し、修理に必要な部品やツール、マニュアルへのアクセスを可能にすることで、所有者による自主修理を可能にすることがその骨子だ。修理は単なる作業にとどまらず、消費と環境負荷のサイクルを変革する急進的な行為と位置づけられよう。メーカーと消費者が責任を分かち合い、持続可能な社会へと移行する未来が期待されている。

もとの記事に戻れば、Googleは、製品寿命延長戦略の一環として「修理する権利」を柱に掲げ、ホワイトペーパーの公表や州議会での証言を通じて修理用パーツやツールへの消費者アクセスを推進している。特にスティーブン・ニッケル氏を中心とするGoogleの活動によって、パーツ・ペアリング規制の妥当性に対する議論は一変し、オレゴン州やコロラド州での法案成立に寄与したとのことである。

なお修理する権利について興味のある向きはこちらを参照されたい。(中村)

「ABCニュースとドナルド・トランプの和解が示す、メディアの新たな危機」と要約できそうな記事。同局のキャスターがトランプの性的加害について放送内で述べたことをめぐり、ABCニュースとトランプとのあいだで名誉毀損訴訟が争われていた。結果、同局は1500万ドルでの和解に応じたという。よく知られているように、実際の判決は性的暴行で民事責任あり。

国内の各種報道だと和解の事実を伝えているものが大半だったように見える。この記事は、本件によってジャーナリズムとセレブリティの関係が変わることを示唆していて興味深い。特に注目すべきは、この和解が富裕層によるメディアへの法的攻撃を助長する可能性を指摘していること。かつては資金力のある新聞社が多く、富裕層も安易な提訴は避けていた。しかし今日、地方紙を中心に経営は厳しく、訴訟費用の重圧に耐えられない媒体が増えているという。(太田)

2004年より横浜を拠点に活動をつづけてきたBankART StationとBankART KAIKOの両施設は、2024年度末で活動を終了するとのこと。横浜市が実施した新高島駅地下1階展示場の2025-2030年度運営者公募において、NPO法人BankART1929は選定されなかった。この結果、2025年度以後は横浜市からの補助金が打ち切られるとともに、2025年3月末までに約400平米分の荷物・設備の完全撤収が必要な状況という。BankART1929はこの撤去費用に関して、クラウドファンディング(目標額1000万円)を開始した

公募結果にも驚いた。BankARTのあとに新高島駅に入るのは、一般社団法人Ongoing(オンゴーイング)。同法人は長く吉祥寺でギャラリーやアーティスト・イン・レジデンスを運営してきた団体。ぱっとみでは中央線カルチャーと横浜はミスフィットに感じるが、どうなるんでしょうね。(太田)

社会学者の鈴木謙介は、毎年年末になにかしらのブログを書いている。本人もそう言っているように、その内容はここ数年マジでつまらなくてオシマイだったけど、今年はよかった。リベラルによるリベラル批判というのは、飲み屋で聞く分にはともかく、読むに堪えないものが多いけれども、この人はどうにか現実的な範囲のそれを模索しているようにみえる。別に真新しい論点はないが、責任倫理と相対的剥奪感の検討っていうのはわりといいではと思った。(瀬下)

AIが賢くなるために読んでいるものに対して、どんなふうに値付けすればいいかなっていう。メディアがAI開発会社といちいちアライアンス組むのって意味わからんと思ってたから(小さい開発会社はそんなの結べないだろうし)、そもそもメディア側でルールつくったりそれを実装したりするのはひとまずイイでは。そのうえで、AIの学習により寄与したものほど高額にするとか、ルールの中身にかんする議論が記事中にあって結構おもしろい。(瀬下)

2023年にリリースされた韓国発の海洋アドベンチャーゲーム(Steam、Switch、PS5など)。セールで安かったので買ってみたら、前評判通りめちゃくちゃ面白かった。主人公はダイバーで、昼はダイビングをして魚をとり、夜は寿司屋を経営する。このサイクルだけでも楽しいのでずっとプレイできる。ただ個人的にこのゲームで一番好きだったのは、ミッションクリア時などにたまに挿入されるピクセルアートのムービー。振り切ったアホな演出とリッチなローポリ風アートの相性が絶妙で、ひさびさに韓国バイブスを摂取できて最高だった。一番よかったのは、武器を改造してくれるオタク君が夢のなかでアイドルのライブを観て高まるやつ(ゲームだとなぜかそのまま音ゲーに突入する笑)と、農家のおっちゃんがカレーを一口食べた瞬間子どもに戻っちゃうやつ。気になる人はぜひ「デイヴ・ザ・ダイバー アニメーション」とかで検索してみてください。(松本)

今回のM-1は涼風を知ることができたのが一番よかった。競技的な漫才って感じはあまりしないのにちゃんと爆発してるのすごいなと思ったけど、競技的じゃないからこそなのかもしれない。楽屋Aチャンネルにあがっているネタ動画はあらかた観てしまったので、配信のアーカイブなども漁り始めている。ただ、何にそこまで惹かれているのかを言語化するのが結構難しい。ネタがやや形式的でセンス系な感じなのに本人たちのノリは普通な感じ、がおもしろいんだろうか。20代中盤、フリー、元社会人。でもそのステータスを何かに生かそうという力みも特に感じない。ネタはギミックのある長尺の漫才。その塩梅によきアマチュアリズムを感じているのかもしれない。今年、涼風以外だと例えば炎がおもしろかった。やはり競技性へのアンチを感じさせるというか、緊張と緩和の型を作らない「適当な」ボケでうっかり笑ってしまうのが楽しい。ただまあ令和ロマンの1本目は、そうした適当ささえも新たな意外性として取り込んでいた気もする。(松本)

🔗オマケ

📒編集後記

  • 紙幅の都合にまかせて無雑作に書いてみると、狂気のない人間は中年に向けてどのように備えるんだろうか、ということを最近は考える。思い浮かぶのは、生活の些事を増やすこと。日々を忙しなさのなかに溶かし込むこと。それと愛。消え去ることの賭け金を無限大につりあげること。(太田)

  • 年末年始一切休みなしで死ぬほど機嫌が悪い。ここでまったり休みつつ仕事をすれば2週目からはフラットな進行だ、みたいな感じですらないっていうか。普通に以降も忙しそうでウザすぎ。ヤマト運輸の集荷申し込んだら明日出して明後日届くらしくて、お前らだけだよ信用できるのはって気持ちになっているけど、こんなんお互い事件起きるレベルじゃねっていう。良いお年を。(瀬下)

  • 11月ごろから始めたオンライン英会話。1回50分・週2回で相手は固定にしてみたら結構楽しくて続きそうな感触。今年は「ひとりだと絶対できないことを継続するための仕組みに課金する」年だったと総括できそう。運動も続いているし、なかなか革命的なことだ。(松本)

***

ここに入りきらなかったURLを貼ったり、ゲーム制作の進捗を報告したりするDiscordをやっています。気になる方はコチラからぜひ覗いてみてください。(瀬下)  

無料で「ecg.mag」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

誰でも
新作ボドゲ『顔フェイス』完成と文学フリマ参加|ecg.mag #17
誰でも
ゲスト寄稿者・柑橘氏による宇宙ものへの偏愛|ecg.mag #16
誰でも
ゲスト寄稿者・池本氏のフィールドワーク参考文献とGinger Rootの新譜|ecg.mag #15...
誰でも
ゲスト寄稿者・砂丘氏が月ノ美兎の「カチカチ山」研究に夏を感じた回|ecg.mag #14
誰でも
ゲスト寄稿者・うたがわが注目のコンテンツと太田のカードゲーム紀行|ecg.mag #13
誰でも
メルマガ一周年のごあいさつと6月号休刊のお知らせ
誰でも
ゲスト寄稿者・柑橘が注目の『学マス』と『Hades II』|ecg.mag #12
誰でも
二度目のゲムマ参加をふりかえる|ecg.mag #11