場所を借りてみた|ecg.mag #21

ecgの瀬下です。
3月中頃から事務所というかなんというか、ちょっと場所を借りてみました。自宅以外に仕事場をもつのは初めてなので新鮮。ecgメンバーもいて学生時代のような感じもしますが、昔ほどワイワイガヤガヤするわけでもない。それでもリアルで顔を合わせるのには意味があって、作業はめちゃくちゃ進むし、質も機嫌もいいから不思議です。ポッドキャストを録ったり、いろいろ会を開いたり、今年はもろもろやっていきたいと思っています。読者諸氏も遊びに来ていただけたら嬉しいっす。
🌐今月のトピック紹介
ロサンゼルス出身の姉妹グループHAIMが2020年以来となるニューアルバムを今年リリースするようだ。アルバムに先駆けて発表された事前シングルが本楽曲「Relationships」。共同プロデューサーとしてはClairoなどを手掛けるロスタム・バトマングリ(元Vampire Weekend)が参加している。
各種の音楽メディアはHAIMのカムバックを歓迎し、高い評価を与えているようだ。とくに、夏のような軽やかさを持つR&B調のサウンドや印象的なリリックに注目が集まっている。詞はこんなふうに続く。「I think I’m in love, but I can’t stand fuckin’ relationships(恋してると思う、でもこのクソみたいな関係性には我慢ならない)」。この感情的なテーマに呼応するように、安定したベースラインが恋愛の終わりなき堂々巡りを巧みに表現しているとの指摘もある。MVもそんな感じのループ感を強調するナラティヴだ。
出掛ける際についリピートしてしまうこの楽曲の中毒性は、恋愛の反復性になぞらえれば、わたしたちがこの曲との「クソみたいな終わりなき関係性」にいつの間にか取り込まれていることを意味しているのかもしれない。もちろん、わたしたちはずっとHAIMに恋している。新譜が楽しみでならない。(太田)
インターネットについては日々うんざりするような話題を多く見かける。けれどその大半はエスタブリッシュメントのテック産業に関するものであって、ひとたび米国以外の地域に目を向けてみれば、まだまだ刺激的な事例や潮流はあるのかもしれない──そんな気にさせてくれるような読みものが、先日の3月末にリリースされた。「インターネットからアウターなネットワークへ──SF作家に聞くサイバーパンクの現在」と題された橋本輝幸氏による記事がそれである。
これは5カ国(英国、中国、ナイジェリア、ボツワナ、ブラジル)のSF作家にたいするメールインタビューを盛り込んで構成された、現代サイバーパンクの状況論を扱ったものだ。なかでも、ここに登場する作家の何名かがIT系のエンジニアを経験したり現役でそれと兼業したりしている書き手であることが、個人的には興味深い。
情報技術に通暁したテックサヴィーによって描きだされる、後期資本主義下の技術的諸問題についての風刺小説。あるいはテクノスリラーと言ってもいい。なんであれその種のものをサイバーパンクというジャンルに期待してしまうわたしのような読者にとって、この記事はたいへんワクワクさせられる内容だった。
たとえば、ネット上で支配的になってしまったイメージへの偏見を払拭せんとするカウンター運動の側面をもった「セルタンパンク」。もしくは、インターネット消失以後の人類を夢想するような作品のプロット。ビッグテックが跋扈するネットカルチャーの外部を想像し、そこにオルタナティブを見出す思考実験がここではいくつも模索されている。
他方で、わたしのような期待はきわめて米国中心のテック批判的なSF観を内面化したものであったようだ。そのことは中国の作家・慕明の指摘によって相対化されることになった。同国における劉慈欣の作風とそのインパクトへの評価には頷かされるところがあるだろう。
末尾では、ジャンルとしてのサイバーパンクがパンク精神にもとづく一種の生き方の謂いでもあることが示されている。
記事内で開陳されるエピソードの数々──露天商が売る海賊版のビデオゲームを探しもとめる経験や、かつて公共的な広場の性格をもっていたインターネットが民間企業の資本に囲い込まれてしまったことへの失望など──を読みながら、同時代人として身につまされる思いがした。自分も中学生の頃はPlayStation2のリージョンコードを突破して英語版の「グランドセフトオート」シリーズのソフトを起動することに友人らと夢中になっていたなあ、なんてことを思い出させられる。じっさい英語版のソフトをクリアするまで遊んだわけではないんだから、もちろんこれは技術的なイタズラがもたらす一晩かぎりのアドレナリンの陶酔に過ぎない。だけども、そのことを「テクノロジーによる個人のエンパワーメント」という題目と混濁しながら、二千年紀の移行前後に青春を過ごした世代が一定程度存在しているはずだろうというような思いとともに、なんだか遠い目になる。ハックとパンクの精神がプラットフォーム資本主義によってほとんどスポイルされていったその後のインターネットの趨勢を想起すれば、なおのこと視線はどこか遠くをさまよってしまう。
──そうした失望は折り込み済みで、世界のSF作家たちは「アウターなネットワーク」を思考している。そんなサイバーパンクな態度にたいへん元気をもらった。(太田)
【地方創生が失敗する最大の理由】東京の鉄道資本主義/駅前が中心ではない/モータリゼーションは90年代から/無料の駐車場/日産低迷の理由/小売ランキングの示唆/日本には田舎がない/面白いコンテンツが全て
元日経BPの柳瀬博一氏による郊外都市論。東京民(というか非自動車ユーザー)によるズレた地域活性論への批判は、当たり前といえば当たり前だが重要。郊外について考えるときにロードサイドでなく駅前を見ても意味ないっしょ、とか。ちなみに、柳瀬氏は堀江貴文氏とも対談している。こちらはより東京の再開発ネタが中心。個人的には、堀江氏が都市論を語るところを聞いたことがなかったので面白かった。実際あちこち行ってる雰囲気。(瀬下)
先月紹介したCLINEはそれから放置してしまっているけれど、CURSORは身体に馴染んできた。これまでローカルで文章を書くときはmi(ミミカキエディット)でやっていたから、一気にモダンになった感じ。正規表現が必要なときはmiを使うけど、1週間触っただけの現時点においても、もう戻りたくない。役立つシーンとしては、言いたいことはあって散発的にいろいろメモがあるけど箇条書きから育っていかない場合とか、文末処理や文ごとの接続で詰まっちゃっている場合など。もうだいぶ多くの人が使い始めている気もするし紹介するのはムズいけど、元記事にあるように、AIとエディタの間をウロウロしている人にはおすすめできる。(瀬下)
OpenAIが3月20日に発表した音声生成ツール「OpenAI.fm」。デモが公開されていたので軽く触ってみましたが、日本語で入力してもだいぶ自然ですごい。人柄がそんなに重要じゃない情報発信系コンテンツは全部これでいいんじゃないかというレベルだ。音声系のツールは認識側も生成側もここ半年ぐらいで一気に進歩しているように感じる。「sesame」みたいに、リアルタイムで双方向的な会話ができるものも出てきている。
日本の開発チームだと、しゃべった音声を本人の声音やイントネーションでそのまま英語に変換してくれる「KOTONOHA」がすごかった。いずれのツールもまだデモ段階っぽいけど、AIによるリアルタイム通訳はほとんど実現間近といった感じに見える。NotebookLMで英語のYouTubeをチェックするのが相当楽になったことなども含め、自分の仕事も相当影響を受けつつある。近いうちにあらためてnoteなどに書いてみたい。(松本)
いまは札幌を拠点に活動されている編集者のさのかずやさんのブログで、年に1回、その年の活動や人生を振り返る更新がある。さのさんとは何年も前からゆるくかかわりがあるけど(たぶん7-8年ぐらい?)、人間的にも人生的にもタイプが結構違うと思っていて、自分と違う人の人生を眺める感じでさのさんの文章を読むことが多かった。でも今年については、自分でも意外なほど書かれていることに共感してしまった。共感のポイントは、「さすがに、もうそんなことやってる場合じゃないなと思った。」という一文に尽きる気がする。ほんとそうだよなあ、と思った。最初にやろうとしていた初期衝動的な諸々があり、次いで別のやり方を試し(試さざるを得なくなり)、果てはそのこと全体に対して「もういいや」と思った、という心境の変化。重要なのは、「さすがにもう自分でやるしかないか」という前向きな諦めだということ。自分や世の中に対してワンチャンを期待することをやめ、そしてワンチャンを期待しないことさえもやめる。自分がやりたいと思っていたことを、自分にできる範囲で普通にやり、ちゃんと形にしていこう、という話として受け取った(もちろん、さのさんに比べると自分はそもそもあまりにも何もやっていないのだが)。さのさんの「SNSやめるクラブ」は、定期更新ものを読むのが苦手な自分が、断続的にであっても読み続けている唯一のニュースレターで、最近の何回かは上記に近いテーマが書かれていて、毎回わかるな~と思っていた。オフィスもできるし、今年はがんばっていきたいものです。(松本)
🔗オマケ
alter.(太田)
📒編集後記
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先月は体調不良で失礼しました(胃腸炎で死んだ)。さて、トピック紹介で書いた攻殻機動隊のウェブメディアが書籍化します。じつは太田はこの本のデザインを担当しました。4/11発売なのでどうぞよろしくお願いいたします。(太田)
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MacにApple Intelligenceを入れてみたけど、マジでこれ発熱するだけのゴミじゃね? イケてる使い方があったら教えてください。(瀬下)
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年度末、しんどかった……。やりたいことはたくさんあるのに、どうにも時間が取れなくてつらい期間でした。オフィスもできたし、ようやくいろいろはじめていけるぞー(松本)
ここに入りきらなかったURLを貼ったり、ゲーム制作の進捗を報告したりするDiscordをやっています。気になる方はコチラからぜひ覗いてみてください。(瀬下)
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