『マジック・ザ・ギャザリング』30周年を祝して|ecg.mag #04

宮下公園と『マジック』?
enchant chant gaming 2023.09.30
誰でも

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enchant chant gamingの太田です。

『マジック・ザ・ギャザリング』の「生誕30周年」を祝したイベント「30th Anniversary CELEBRATION TOKYO」が9月1日から10日までのあいだ行なわれていました。会場はMIYASHITA PARK(渋谷)。いわく言いがたい取り合わせじゃないでしょうか。宮下公園と『マジック』? ここには昔はスケートボーダーがいたはずで、いまではハイブランドが軒を連ねています。『マジック』を支持するコミュニティとは随分とカルチャー的な隔たりを感じる街です。ある種のミスフィットを感じつつ、展覧会場へ。いろいろなコンテンツの展示があるそうです。

1990年代初頭のフィラデルフィア発のこのゲームタイトルには、30年分のカードの蓄積があります。そうした歴史の厚みを体感させるかのように、一番初めの展示室のガラスケースのなかにたくさんのカードが展示されています。ほかにも、カードイラストの原画展や歴代の有名デッキの紹介など。一枚あたり数百万円から一千万円を超えるような高額カードも並び、なかなかの迫力でした。じぶんはコロナ禍からマジックに触れ始めた新参プレイヤーです──いつから中堅になるのかは曖昧ではあるものの、気持ちとしては新参者なのです──が、会場では諸先輩方が昔日のカードに際して思い出話にふけっていました。

じつはこのイベントの総体は、MIYASHITA PARK内のいくつかのテナントスペースにまたがった回遊型の展示となっており、観覧客は商業施設の内部を歩き回ることになります。フレグランスやストリートブランドのショップを脇目に地上階の展示スペースへ向かうと、発注芸術の成果がまとまっています。マジックに関連した作品の制作をアーティストに依頼したコミッションワークですね。とくに惹かれたのは、Valentin Dommanget《Core System: The Portal of the Explorers》でした。この作品は、トレーディングカードゲームでは一般的なフォイル仕様の光沢カード(いわゆる「キラカード」)に類するレンティキュラーの印刷方式を、A1サイズの絵画的な平面へ転用したというものでした。つまり、こういうことではないでしょうか。カードゲームプレイヤーらのある種の童心や物神崇拝を焚きつけるようなトレーディングカードの魔性の原因が、大量生産品にとっての即物的な印刷方式にあるのではないかと、仮説的な説明を与えてみること。そのうえで、そうした指摘を行なう思考自体をひとつの美術作品と化することで、ふたたび魔術化の契機ともしてみせること。『マジック』が題材の発注芸術としては、コンセプチュアルな曇りのない優れた作品ではないでしょうか。

べつの展示室には、コンセプトアートと世界観の設定をまとめた資料があります。テーマになっているのは『エルドレインの森』と題された2023年9月発売のエキスパンションです。社外秘の特別展示品であるため、ところどころ意図的な落丁があって総ページ数はわからないものの、数百から千のあいだくらいボリュームがありそうな英語の資料、これらがわりと無造作に置かれていて、好き勝手に読むことができます。読むと、このファンタジー世界に登場する妖精や巨人などの細かな設定が、美麗なイラストとともにびっしりとページを埋め尽くしています。

じぶんにとっては、カードゲームプレイヤーとしての関心(ルーリングやデッキ構築など)を満たしてくれるというよりは、アートやクリエイティブの細やかさに惹かれるところがありました。映画『ホドロフスキーのDUNE』で見たような、ハリウッドスタジオで崇められる設定資料集にも近そうな、世界の構築の稠密さがここにあります。エキスパンションという括りのなかで200~300種類のカードをデザインするために作られる中間成果物が、こんなに高い水準のクリエイティブであるとは……恐れ入りました。アメリカのオタクカルチャーには、こうした層の厚みがあるということでしょうか? わかりませんが、この設定資料集からは一本の映画を構想することだってできそうです。しかも、おおざっぱに言って年間で4つのエキスパンションがリリースされるわけです。IPビジネスとしてのリソースが半端ではないことを、この展示はまざまざと見せつけています。

とはいえ、こんな感じでぶち上がっている観覧客はそれほど多くなかったようです。冒頭で触れたミスフィットの感覚に違わず、このイベントに不満を持つ生粋のカードゲームプレイヤーたちは少なくなかったようで、否定的な意見をよく耳にしました。

ところで、UXデザインのなかで「ストーリーテリング」がひとつの手法になっているのと並行して、「ワールドビルディング(世界観の構築)」という概念も、最近は聞かれるようになっています。つまり、クリエイティブ領域にも、例えばハイファンタジーを創作するための方法論(と同種のもの)が取り入れられてきています。たぶん、ミスフィットを解消する鍵はこのへんにありそうです。

アートやクリエイティブの一環で『マジック・ザ・ギャザリング』というIPに触れるための余地が、東京で披露された。──その余地の発生こそを、30周年のめでたさと同等のものとして、わたしは祝したいと思います(★)。

  • ★──なお、本稿ではこのイベントのすべてのコンテンツに言及することはできていません。詳細が気になる向きは、特設ページをご覧ください。

🌐今月のトピック紹介

「異星知性体」とのファーストコンタクトというテーマを探究する中篇が3作収録。表題作では、一角獣のような知性体のシエジーを生態観察し、その群体のルールを人間の社会に応用しようとする一幕を描く。

生態学と社会学の絡み合いが刺激的でした。まさにサイエンス×フィクションというか、科学的な外挿によって人間性を掘り崩すという仕事をやってのけている。ほんとうにシビれるような傑作でした。本短編集は『SFが読みたい! 2023年版』の「ベストSF2022国内篇第1位」の獲得作です。とくに第54回星雲賞日本短篇部門を受賞した表題作に関しては、ここ5年ほどで国内作家によって書かれ、SFというジャンル名のもとで販売された中短編規模のフィクションのなかでもっとも優れた作品のうちのひとつであることは間違いないでしょう。(太田)

アート・ワールドの評価・承認がアートを作り出すという構築主義的な見方に真っ向から反論する美的実在論を説く一冊。いわく、アートは「ラディカルな自律性」を有しており、人間がそれを制作するとき、人間はそれをいわば作らされているのだ。というのがざっくりとした論旨の紹介になりそうです。理論的な正当性はガブリエルの主著と併せて読まないとよくわからなそうです(未読)。(太田)

過疎やメディア環境の変化によって、地元紙や大手メディアの支局がない地域が生じる「ニュース砂漠(news desert)」。この問題について、愛媛県・八幡浜市の事例から考えている。筋書きとしては、大手メディアは撤退、地元紙は発行人の高齢化で終刊。残ったメディアも経営が厳しいため、2年前から共同で支局を運営しているという感じ。専属の記者はひとり。ほのぼのした地元ニュースの維持もさることながら、管内に原発も抱えることから、メディアによる行政の監視が特に必要なのではないかとも感じる。ほかの地域でもこういう取り組みがありそうだから、もう少し調べたい。(瀬下)

中国の独立系書店・単向街書店が銀座にオープン。東方新報で報じられていたのでGoogle翻訳で読んだ。テーマは「アジア」で、選書は中国本社がやっており、現在は中国語書籍がほとんどらしい。ちなみに、日本語版の記事もあるけど、元記事より情報量が少ない。たとえば、運営チームが本屋B&Bで銀座店の構想を話し合ったとか、そのB&Bにいた人が単向街書店の日本側の代表を務めているとか。日本語でのイベントもやっているので、10月どこかで行ってみるつもり。(瀬下)

スタートアップにおいて2代目、3代目の社長にどのような報酬を与えるべきか。ラクスルの事例から論じている記事。最後のほうに具体的な報酬の計算式が書かれていて面白かった。また、筆者のモチベーションは、大企業のサラリーマン社長文化やスタートアップの創業者偏重の問題を、社長の報酬という観点から考えたいという感じで、それ自体が興味深かった。(瀬下)

大学の軽音サークルを舞台に、大学生たちの恋愛や友情を描くガールズラブ作品。絵柄は可愛らしくやりとりもコミカルだが、関係の描き方は妙にリアルで質感がある。とりわけ環というキャラクターの登場(8巻)以降は、「性欲のズレによるパートナーシップの綻び」が数巻にわたって深掘りされていき迫力がすごい(身につまされすぎて読めなくなってきた、という感想もちらほら見かける)。「性欲のズレ」というテーマは、たとえば登場人物がアラサーだったりするとわかりやすくセックスレスなどの問題として作品に登場することが多い。しかしその問いはしばしば性差や生活習慣、価値観のズレなど、別の問題へと転化されがちで、性欲のズレそのものが直球で主題化されることは珍しい気がする。『付き合ってあげてもいいかな』は、そうした性欲のすり合わせの問題がそれ自体として真剣に主題化されている点が面白い。作画も巻を追うごとにどんどん洗練されており、最新11巻は問いの深まりも相まってたいへんな読み応えだった。(松本)

画家の和田唯奈が手がける共同体「しんかぞく」による最新の展示。会期はすでに終わってしまったが、概要はWebサイトから確認できる。和田さんやしんかぞくの実践は以前から継続的に追っていて、紹介記事を書かせていただいたこともあった。しんかぞくの展示では、和田さんが「先生」となり、参加作家たちにさまざまなルールを提示する形で制作が行われていく。今回は「交換日記」がテーマで、それぞれの作家たちが各々の交換日記をレターパックで回し合い、受け取った作家が日記の所有者の日常を想像して架空の日記を書いていく流れ。展示空間では、参加作家10名+ペットの交換日記に加えて、交換日記の経験をもとに制作された各自の作品が展示されていた。今回和田さんが参加者向けに作成したルールには、交換日記を回し合う手順やその際の注意点などが記載されている。Webサイトにも一部掲載されているが、そのルールは良い意味で執拗で、「先生」と「生徒」の間、あるいは「生徒」同士の間で生じうる、あらゆるトラブルに先回りしようとする意志が感じられる。たとえば、それぞれのルールには、「交換日記をスムーズに進めるため(実務)に定めたルール」、「作家同士で不用意に傷つけ合わないため(倫理)に定めたルール」、「作品をよくするため(制作)に定めたルール」といったラベルが付されている。こうしたルールそれ自体、展示に値する準-作品であるというスタンスには以前からずっと共感を覚えていたが、今回の交換日記作品ではその執拗さがさらに極まっていたし、そこから生成された各作家の作品も見応えがあり、創作意欲がたいへん刺激された。(松本)

韓国のバーチャルK-POPアーティスト・APOKIが新曲「Space」をひっさげて久々にM COUNTDOWN(通称Mカ、韓国のメジャーな音楽番組)に登場。なんとこの回にはYOASOBIも出演していて、K-POPアイドル一色のイメージが強いMカに新しい風!という感じがあった。APOKIはバーチャルならではの自在なスタイルチェンジなども含め、去年の出演時よりもずっと良いステージになっていたように思う。ところで9月はイセドル周りでも大きなフェス(イセフェス)があったりしたんですが、バタバタしていてまだ本編をチェックできていないので来月の宿題にします。。YouTubeでもいろいろ公開されているようなので「이세계 페스티벌」(イセゲ フェスティバル)で検索してみてください。(松本)

🔗オマケ

📒編集後記

  • 今月は本当にとんでもないオーバーワークになってしまって参りました。そんななかでも、『Flesh and Blood』というカードゲーム(先月号で紹介済み)に費やす時間はなんとか捻出していたり。秋葉原や曙橋や横浜の店舗に通いながら、卓上でしか味わえない密度のコミュニケーションやコミュニティ参与を楽しんでいます。(太田)

  • ecgメルマガ編集部の重要なミッションであるボドゲづくり。構想から1年半ほど経って、ついにお披露目一歩手前まできました。9月中にゲーム内のカードや香り袋(香りをつかうゲームなんです)などをすべて入稿・発注。11月にはこのメルマガでもお披露目できると思います。はたしてよい反応があるか超不安ですが応援よろしくお願いします。(瀬下)

  • Mリーグ(麻雀のプロリーグ)の新シーズンが開幕しましたね。プロ棋士でもある鈴木大介プロや、天鳳などのネット麻雀で超有名な「太くないお」さん(渡辺太プロ)など新Mリーガーの打ち筋を見るのが楽しいです。自分も今年中に雀魂で雀聖(上から2番目のランク)にあがりたいけど、どうかねえ。。(松本)

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ここに入りきらなかったURLを貼ったり、ゲーム制作の進捗を報告したりするDiscordをやっています。気になる方はコチラからぜひ覗いてみてください。(瀬下)

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