フィールドワーク展XX【20:00】をみてきました|ecg.mag #09

制作を伴う社会学的な調査の成果発表
enchant chant gaming 2024.02.29
誰でも

ecgの太田です。今月は慶應義塾大学SFCの加藤文俊研究室がアニュアルで行なっている研究成果発表の展示を見に行ってきました。自分がSFCで学部と修士課程を過ごすあいだ加藤研は身近な存在だったため、これまでもたびたび足を運んでいます。通算20回目となる今回のタイトルは「20:00」。夕食後のゆったりとした時間帯を表わしているとのことで、なんだか意味深な感じです。

加藤研究室の学生は質的調査法やコミュニケーション論、メディア論をはじめとして社会学を専門的に学んでいます。ただし加藤研は学内ではデザイン系のプログラムにも属しているため、制作を伴うかたちでの研究活動が盛んです。例えば、地方へのゼミ合宿では現地の人々にインタビューや写真撮影を行ない、その内容をポスターで表現するという一種の滞在制作が実施されます。そこでの成果物を眺めていると、地域の顔役と思しき人物が自信たっぷりな台詞とともに笑顔で写っていたり、逆に「知られざる」的な人がフィーチャーされている様子が窺えたりして、地域のさまざまな側面が浮かび上がってくるかのようです。

ほかにも、ゼミで文献を輪読する際に用いる読書ノートが目を引きました。対象文献は、社会学者ジョン・アーリの『モビリティーズ』。ノートの作り方に工夫が凝らされていて、1ページごとに半透明の用紙が挟まっていました。その半透明なレイヤーには、もとのノートの書き手とは異なる学生によるコメントが書かれています。輪読や読書会というのは対象の文献に対して読解を重ねていくものかと思いますが、読解に対する読解を重ね、その行為を視覚的に表現したものがこのノートかもしれません。

これらに加えて、学部生の卒業研究や院生の個人研究の展示が続きます。短歌作品を介した省察的なコミュニケーションをテーマとした研究にとくに知的興味をそそられました。個人研究の内容をまとめた各種の冊子がリトルプレスのような仕上がりとなっていたことも楽しいポイントです。3月中には加藤研と同じプログラムに属する石川初研究室の展示もあるそうで、そちらもぜひチェックしたいところですね。

そういえば、意味深なタイトルは多義性を持つとともに、いずれ来る加藤文俊教授の退官を示唆する意図もあるそうでした。さりげなく展示壁面に書かれた「24時になったら終わりなのです」の一文に後ろ髪を引かれる思いがしつつ、残り数年分の展示がまた楽しみにもなりました。

🌐今月のトピック紹介

第44回日本SF大賞の受賞作が決まりました。これは毎年行なわれているアワードで、読者有志によって選ばれるノミネート作のうち最終候補作を日本SF作家クラブ会員が投票で選出、そののち選考委員が大賞を決定するという過程を踏みます。栄えある大賞受賞作は長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』。わたしは未読ですが、友人によれば受賞にも納得の傑作とのこと。同作については来月号あたりに取り上げたいと思いますが、今月号では同賞の最終候補となった斜線堂有紀『回樹』について書きます。

ライト文芸やミステリのジャンルでキャリアを積んだこの作家にとって初のSF短篇集となる『回樹』の表題作は、SF的な奇想によって人間の死と愛を巡る観念に挑戦するような筋書きを持ちます。

突如日本の湿原に出現した〈回樹〉という存在。これは、この世ならざる物質によってできており、次のような性質を持つことが明らかとなります。1.回樹は人間の死体を吸収する。2.「愛する者の死体を飲み込まれた人間は、かの人を愛するように回樹を愛するようになる」。3.遺された人々は回樹の存在を「広く知らしめたくなる」。ここに登場するのが、パートナーを愛しているかどうか自分でもわからなくなってしまった視点人物です。死体を呑み込ませたうえで回樹に愛情が芽生えたならば、自分は間違いなくかの人を愛していたことになる。自身の愛の有無をたしかめるため、死体泥棒を行なおう、というスリリングな展開が生じていきます。

共同墓地のSF的な代替物である回樹は、国内の墓地不足を解決するものとして社会的な注目を浴びたり、愛情の対象として庇護されたりします。このように科学技術社会論めいた思考実験を手際よく展開しながらも、あくまで個人と個人の親密な関係から視点をそらすことなく、人間の本質を問うていく一篇となっています。50ページ程度の規模の物語のなかで十分に読者を楽しませるような、シャープな作品だったなあと感想を持ちました。(太田)

「普通にうまい」と話題になった、秋田県のシニアeスポーツチーム・マタギスナイパーズ。そのクリップを、ストリーマー・けんきが見る切り抜き動画。「正直、おれの目指すところなんだけど」との言葉は、普段からTwitch系のVTuberや配信者のキャリアについてよく言及する彼らしい。私がよく見る格闘ゲーム周辺のプロプレイヤーは、ストリートファイターなら35-40歳くらい、スマブラなら25-30歳くらいでベテラン扱いされているように思う。これから10年、20年と経ったとき、そうしたプロプレイヤーのキャリアはどうなっているか。あるいは、一般プレイヤーはどのようなコミュニティを形成しているか。みんながゲームをやっている未来が気になる。(瀬下)

クライムアクションゲーム・Grand Theft Auto Ⅴのオンライン機能を使い、ストリーマーたちがギャングや警察、飲食店などの仕事を演じる企画「ストグラ」。このストグラ内で、麻林ラルことラッパー・ralphイベントを主催した。リンクはその切り抜き動画だ。内容の説明は難しいので割愛するけれども、ラッパーがここまで違和感なく配信カルチャーのなかに溶け込んでいるケースは、これまであまりなかったように思う。もちろんストグラそのものがまず重要なので、運営が受けているインタビューもぜひ見てみてほしい。それにしても、Dream SMPなどと合わせて、誰か包括的な批評を書いてくれたらいいのに。(瀬下)

1996年から発刊されているインターネット白書は、次の年のものが出ると以前の白書を無料で読むことができて素晴らしい。ちょうど2023年分がアーカイブ入りしたので、ざっと眺めてみた。印象的なのは、「ソブリンクラウド」や「インターネットと戦争」など、地政学リスクにかかわる内容のキーワードがぐっと増えたこと。個別の記事でもウクライナ侵攻に関連するものが2本収録されており、ビジネスやカルチャーなど軽い話題も目立つ過去のタイトルと比較すると、隔世の感がある。最新の2024年版は「AI化する社会のガバナンス」でかなり柔らかくなっているが、プライバシーやフェイクニュースを国家経済安全保障と絡めた記事が入っている。最近かなり気になっているテーマで、各著者の名前をGoogleアラートに入れた。(瀬下)

各所で話題になっている音声チャットAI。「スムーズに会話できる」だけなら既存のAIツールとそんなに変わらないが、声や話し方の質感がリアルで驚いた(特にデフォルトの女性の声)。ウィスパーまでいかないちょっと空気の混ざった声に、脱力系の喋り方で、これならたしかにAI的なぎこちなさや綻びが目立たないなと感心した。自分が普段よく観てる人でいえば、ぶいすぽの藍沢エマの喋り方みたいな感じ。技術的に実現できるスムーズさとは別に、こういう表現的なアプローチで実現できるスムーズさもあるということなんだろうなあ。VTuberの配信とかASMRとかをうまく拾って作ってそうだけど実際どうやって調整したのか気になる。(松本)

スタタイ平田さんによる「The Coffee Inc 2」制作者のインタビュー。The Coffee Inc 2というのは、それこそ平田さんのツイートで大バズりした経営シミュレーションゲームで、シムシティをよりリアルに経営に寄せた感じのよう。自分も気になっているがまだ遊べていない。なぜこの記事を選んだかというと、少し前から、今後はベンチャーキャピタルがメディア機能を強めていくんだろう(すでに一定そうなっているが)と思っていて、その典型例だと感じたため。前回のパルもそうだけど、スタートアップというフォーマットから出てくるコンテンツが今後さらに増えていきそうで、その情報をいち早く掴めるのはVCなんじゃないか。たぶんもうちょっと遅いくらいなんだけど、今年はそんな仮説のもといろいろ動いてみたいと思っている。(松本)

「生成AIを5%使っています」発言で話題になった芥川賞受賞作。過去の作品含め気になっていたのでいずれ読もうかと思っていたところで、ちょうど関連の仕事が入ったので読んでみた。面白かった。ちなみに5%は言い過ぎで、実際には1文程度、それも作中で「AIが発言している」箇所をChatGPTで出力しただけらしい。実際読んでみると、AI「で」書いているというよりも、AI「を」描いた作品だということがわかる。「AIが喚起する嗜虐性」みたいなテーマはポルノ系のコンテンツが一番上手そうだと思っていたけど、そうか純文学があったか、というのが率直な印象。「文盲」的な回答しかしないAIと、その「文盲」性をAI自身に自覚させ、傷つけ恥をかかせようとやっきになる建築家との対話の場面がたいへん良かった。AIの文字通りの「話にならなさ」を表現するうえで、「回答」と内言を並記し、疑似対話を作れる小説というフォーマットは効果的なんだなと思った。もちろんそこで問われている「AIの限界」はあくまでも「今のChatGPTの限界」でしかないとも思いつつ。(松本)

🔗オマケ

📒編集後記

  • 2月頭はカードゲームの大会でマニラに数日間滞在していました。現地の強豪が集うチームの人たちと仲良くなれたので、帰国後も意見交換を続けています。早くも彼らは今年中に日本遠征の可能性があるため、再会がいまから楽しみです。大会の成績面でも個人的には満足の結果を残すことができ、参加者総数175名のうち24位となってプライズを獲得できました~! あ、それと今月からポケカを始めました。経験者諸氏にはぜひぜひご指導いただきたく。(太田)

  • 遅ればせながらLUUPにハマっている。東西線による都内の横移動が多い自分にとって、任意の駅で降りて縦移動ができて楽しい。Googleマップが教えてくれる公共交通の乗り換えより早く目的地に着くこともあって、都市をハックしているような気分だ。LUUPのようなサービスが(都心では)当たり前になった過程も面白い。ここでは詳述しないけど、2023年7月1日に改正道路交通法が施行されたことが重要で、そこでは業界団体によるロビイング(という言葉のイメージの悪さからか、その進化版のような「パブリックアフェアーズ」なる概念もある)が機能しているそう。関連記事をオマケに入れておいたので、興味ある向きはぜひ。(瀬下)

  • 品行崩壊のみなさんや、sommeil sommeilさんが香感覚を遊んでくれて嬉しかった。「家、ついて行ってイイですか?」でもなぜか紹介してもらえた。人が香感覚で遊んでいる様子を映像で観るのは初めてだったけど、感慨深いというよりは気恥ずかしさと怖さがあった。次作るならここはこうしないとな……みたいなリアル反省も結構出てくる。夏までに仕事をちょっとずつ整理して、じっくりゲーム作る時間をとりたいな、、(松本)

***

  ここに入りきらなかったURLを貼ったり、ゲーム制作の進捗を報告したりするDiscordをやっています。気になる方はコチラからぜひ覗いてみてください。(瀬下)  

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