ゲスト寄稿者・砂丘氏が月ノ美兎の「カチカチ山」研究に夏を感じた回|ecg.mag #14
ecgの松本です。
ぼちぼち秋ゲムマが近づいており、ecgボードゲーム第2作の入稿日も迫ってきているので絶賛追い込み中です。これはこれで夏休みっぽいのかもしれない(テストプレイなどご協力いただいたみなさまありがとうございました!)。
さて、今回のゲスト寄稿者は、以前ecgで刊行したZINE『オートセーブ』にも寄稿してくれたVTuber視聴者の砂丘氏です! メジャーな事務所の配信者から「それ誰が見てるの」って感じのマイナーなコンテンツまで幅広くウォッチしている氏に、夏休みらしい?おすすめの動画をチョイスしてもらいました。人のおすすめを見るのは楽しいので、これからもいろいろな人に寄稿をお願いできたらなと思っています。
🌐今月のトピック紹介
教訓や寓意を不条理が上回っているように感じられる昔話の定番「かちかち山」。それを「ピッコマ」や「和製サウスパーク」と言い表す月ノ美兎は、その物語の筋が近年は変化していると聞き、調査に乗りだす。Amazonで買える限りの本を購入して比較するまでは「検証系」の域内だったが、文学に明るい同じ事務所の後輩・栞葉るりに国立国会図書館の存在を教えられ、実際に足を運んで以降の部分には、一種の「研究」と呼んで差し支えないだろう空気が漂っている。その妙に整った手筈でユーモアが生まれる様子から、私が思い出したのは「トリビアの種」のコーナーだった。
すでに多くのひとが視聴し、さまざまなコメントを投げている動画である。18分のなかに含まれる笑いどころを挙げたらきりがないし、その「研究」を評価したり、何かを付け加えたりするのは私には難しい。けれど書き留めたいのは、動画のなかで頻りに「わたくしなりに」「個人的に」と繰り返していた彼女が、動画の最後に「いやでもね?」と前置きして語った、次のような言葉である。「夏の午前中に蝉の鳴き声を聞きながら、クーラーの効いたでっかい図書館でノーパソをタイピングしてるときにね、なんかそれだけで『これやってよかったな』みたいなことをね、思っちゃいました」。(砂丘)
私的な話になるが、歳相応にロックを聴きだし、父の所有していたギターを弾きはじめた中学生のころ、初めてJimi Hendrixの「Electric Ladyland」を聴いてまっさきに抱いた感想は「音薄っ……」だった。その本領を自分なりに理解できたのは、近年の音楽から少しずつ、カバーやリマスターの恩恵も受けながら時代を遡り、耳を慣らしたあとのことである。公式チャンネルに「アレンジカバー楽曲」の再生リストを設け、楽曲の再解釈を箱として推し進めている雰囲気のあるVTuber事務所「ぱらすと!」に対する私の好感は、そんな個人的な思い出に依る。
原曲が持つ鬼気迫る空気をピコリーモ的な編曲でいかにもVTuberらしく塗り替えた鬼波ありすの「名前のない怪物」や、いよわ楽曲の知的かつ無邪気な鍵盤の魅力をエレキギターによって見事に表現してみせた常磐木はたの「きゅうくらりん」が特に気に入っている。
しかし、やはり特別に感じられるのは、それより数世代前の楽曲のカバーだった。後者の彼女が8月の頭に投稿した「メルト」の、パワー・ポップ色のあるサウンドに透きとおった歌声が重なるのを聴くと、バンドを背後に従えて佇む常磐木はたの輪郭も見えてくる。その幻覚を、今にしてみればデジタルくさい音源のなかで(だからこそ?)「インターネットの歌姫」として存在した初音ミクの姿と照らしあわせ、さまざまな移ろいに想いを馳せてみるのも面白いだろう。(砂丘)
この8月から本放送を開始した「きべくるあそこ」。そのパイロット版を5月ごろに視聴したとき、「観た」というよりも「見てしまった」という感覚が強く残った。毎朝7時から30分のあいだ現れる少女。その公式ページには次のような記述がある。「201X年8月28日、XX県警は小学校の下校時間に消息を絶った当時10歳の 木部川こぢき ちゃんの行方を依然として捜索していることを発表した。こぢきちゃんは26日午後縺壹?縺」ィ蟆丞ュヲ?√□___________」。
複数の短編動画・短いコーナーの連続から成る「きべくるあそこ」は、朝の情報番組か教育テレビのような定型化された安心感と、インディ・アニメや自主制作のショート・フィルムのような生々しい高揚感の両方を有している。けれど、それだけではない。
中盤に訪れる「出席確認の時間」と、そこでチャットを打った視聴者の名前を呼ぶところから始まる雑談パートによって、ひとつの自立した作品めいた生放送は「VTuberの配信」らしい水準に落としこまれる。もはや驚きもしないYouTube Liveの双方向性を、動画パートで構築した世界に(ひとつの短い配信のなかで!)引き摺りこむ方法として用いるような手つきに、私は瞠目したのだった。
愛嬌のなかに不穏な背景をいくつも感じさせる、足許の見えない少女が今・現在喋っているのを聞くと、私は冥界の朝に接続しているような気分になる。興味を抱いたひとはリンクを辿り、また生放送の時間に配信を開いて、行方不明の木部川こぢきを「発見」してほしい。(砂丘)
TCG(トレーディングカードゲーム)について学術的な知見や各自が得た洞察の共有をめざそうという趣旨の同人誌。マジック・ザ・ギャザリング(以下MTG)の競技プレイヤーでありグラフィックデザイナーでもある曳山まつりか氏が主宰し、企画やデザインを務めている。
一見すると「一般TCG理論」の名のもとでは単一のゲームタイトルにとらわれることなくTCG一般に通底する理論を解き明かすことがめざされているように思われる。しかし興味深いことに、本書はそれだけには留まらない、一種の人生論にもなっている。TCGを通じて世界との向き合い方を模索したり、生活と人生のもろもろについて上達したりすること、つまりは省察による行為の組織化が試みられていると言っても大げさではなさそうだ。このあたりは同理論の提唱者である茂里憲之氏(MTG元プロ)が序文にあたる文章で書いている。それに似た内容のテキストはnoteでも読めます。
やや乱暴かもしれないが、各記事の内容をざらっと一文で要約してみよう。相手のミスを誘う「研究を外す」プレイング(森忍記事)、確率計算との付き合い方(Yua記事)、TCG関連情報を摂取するうえでのリテラシー(でんちゅう記事)、統計データを用いたTCG(MTGアリーナのドラフト)の攻略法とその相対化(山辺記事)、モンテカルロ法による大会シミュレーション(あまる記事)、既存デッキではなくオリジナルデッキを作る競技的な意図とその際に重要な諸バイアスの認識(茂里記事)、理論を捨てた「感覚派」の意見(され記事)、「大局観」の精緻な言語化と概念的な拡張の試み(よしごえ記事)、直観の信頼による思考リソースの節約論(曳山記事)、TCGティーチング論(あむ記事)、といった内容。本メルマガ読者には何かしら刺さるところがあるのではないかと思う。(太田)
お盆の時期に岩手県・遠野市へ行ってきた。ここ数年、うっすらと民俗学に関心をもっていたこともあって、一度は行ってみようかという感じ。事前勉強でいろいろ読んだなかで、最も興味を惹かれたのが、遠野文化研究センター研究員の木瀬公二氏による連載(完結済)である。2022年に岩波書店から出版された『柳田國男自筆 原本 遠野物語』について、刊行に至るまでのサイドストーリーが綴られたもの。
この「原本」は、現在流通している柳田國男の『遠野物語』が完成するまでに残された3つのバージョンをすべて収録した書籍で、研究者にとっては重要なものである(らしい)。
「原本」は読んでいないが、この連載は面白かった。元となる原稿の所有者とのやり取りや、毛筆による崩し字で書かれた文字を楷書体に置き換えるいわゆる翻刻作業など、こういう分野の書籍づくりならではの問題がいろいろわかる。
個人的には、自分の会社の副代表をやっている石井雅巳が新編西周全集編纂委員会の事務局を務めていることもあって、興味を惹かれた。(瀬下)
『GAMEZINE Vol.28』は、大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL特集。発売から6年を過ぎたゲームということもあって、トッププレイヤーへの取材はもちろん、コミュニティ大会の主催者など、シーン全体に目配せの効いた内容になっている。ちなみに、元となる雑誌『GAME STAR』は2015年に発刊し、2019年に休刊。2024年の復刊1号となる前号(Vol.27)では、Apex Legends™ Global Seriesを特集している。
スマブラ用のXアカウントに流れてきて知った媒体だが、中身はもちろん、メディアとしても興味深い。2015年の発刊はこのジャンルではだいぶ古いように思われるし、編集・発行は出版社や制作会社ではなく「サークル」。それもそのはず、編集長のみずイロ氏は、Call of Dutyシリーズを中心に、2000年代からさまざまなタイトルで選手として、またコミュニティ運営者として活動してきた方だという──過分にして存じ上げなかった。シーンに対する情熱が伝わってくる誌面で、今後もチェックしていきたい。(瀬下)
けんすうさんと落合陽一さんの間で生じた、「コンテンツをシェアすることで生じる責任」についての議論。「よくないコンテンツを拡散すること」のわるさと、「よくないコンテンツを発信した人の別のコンテンツを、そのことを知らずに拡散すること」のわるさは同じなのか、みたいなことが細かく話されている。この点について明確なコンセンサスをまだ作れていないよね、という確認が遂行的になされている点で重要だと感じた。(松本)
先日、珍しく動画撮影ありのインタビュー取材を行った。収録は楽しかったが、帰宅後に自分のICレコーダーを確認してみると、音が全然うまく録れていなかった。取材対象者との距離が結構遠かったり、音が反響しやすい会場なことだったり、話者の声がそこまで大きくなかったりといったことが理由だと思われる。AI文字起こしの精度が悪いだけじゃなく、自分で聞き返しても結構わからない部分が出てきてしまったので、動画撮影担当の方に連絡をして、ピンマイクで録っていた動画用の音声をいただいた。すると当たり前なんだけどめちゃくちゃ音がよく、AIの精度もかなり高くなったので驚いた。
実は今までも、取材対象者の距離が遠いとか、まわりのノイズがひどいとかで、音がうまく録れていないことはたびたびあった。AI文字起こしのことも考えると、音はなるべくクリアな方が良い。というわけで、「インタビュー取材時になるべく音をクリアに録りたい(音源自体を編集したり公開したりすることは想定しない)」という要件で機材を探してみた。ちなみに今使っているのはオリンパスの「V-862」で、普通に使う分には特に不満はない。
自分のニーズとしては「複数人取材でひとりひとりの音をクリアに録りたい」、「取材対象が遠くても大丈夫なようにしたい」という感じ。これだと、実質的にワイヤレスのピンマイク(ラベリアマイク)しか選択肢に入らない。しかし、動画でもない普通のインタビュー取材で、初対面かつ時に偉かったりもするインタビュイーに対してピンマイクをつけてもらうのは現実的ではない。インタビュー中に写真を撮るときにも邪魔になる。というわけで「話者ごとに目の前にマイクを置けるようなシステム」はないかなと探してみたが、残念ながらドンピシャのものは存在しないようだった。ただ惜しいものはいくつかあったので、以下にメモしてみる。
●めちゃ小さいピンマイクをつける
Hollyland Lark M2
https://jp.pronews.com/column/202401101000459736.html
・完全に無線で使えるボタン型のピンマイク
・かなり小さく軽く、つけても目立たない(ロゴはシールで隠せる)
・2台までしか接続できない(自分+取材対象者1名まで)
・評価:これならピンマイクつけてもらう抵抗感は薄いが、2台までなのはかなり厳しい
●ピンマイクをデスクに直接置く
RODE Wireless PRO
https://www.miroc.co.jp/rock-on/rode_wireless-pro/
・完全に無線で使えるキューブ型?のピンマイク
・直接つけるにはでかい
・マイクは2台だが、レシーバーにマイクをつけると3台運用できる
・ミニ三脚や小型マイクをつければ話者の前にマイクとして置けるのでは?
・評価:もし置いた状態(50cmぐらい?)でも音がちゃんと拾えるならこれが一番理想っぽい
※参考:ピンマイクと他のマイクでどのぐらい違うか比較
https://youtu.be/UqCfZOALRaM?si=9bSaIwTwAAKQ2oga
●音質の良いPCMレコーダーに変える
TASCAM DR-07X
https://tascam.jp/jp/product/dr-07x/top
・ピンマイクではなく、普通に置くタイプのレコーダー
・音楽の録音とかに使う音質が良いやつらしい
・人数の増減に対して調整する必要がない
・ただ、話者の距離が遠い問題はおそらく解決できない
・評価:上記の択がダメなら、今使ってるICレコーダーをこれに置き換えてごまかす
というわけで、いったん「RODE Wireless PRO」+小型マイクでの直置きを試してみることにした。話者が3人以上の場合は厳しいので、別途PCMレコーダーを用意してもいいのかもしれない。いずれにせよだいぶお金はかかるけど、削減できる労力を考えると取り組む価値があると思うのでがんばる。(松本)
🔗オマケ
岩渕正樹『世界観のデザイン』(太田)
バンクーバーミク(松本)
📒編集後記
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台風が何度か日本列島に押し寄せ、気圧がぐわんぐわんしている晩夏な昨今。めちゃくちゃ体調悪いです。(太田)
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松本と同じような感じですが、仕事の軸足を会社に移していこうということで、個人の案件を一緒にやれる仲間探しを開始しました。(瀬下)
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来年から他のライターの方に協力してもらいながらチーム的な形で仕事していきたいなと思っていて、今いろいろ準備中。まずはnotionの案件管理表を整備するところから……。(松本)
ここに入りきらなかったURLを貼ったり、ゲーム制作の進捗を報告したりするDiscordをやっています。気になる方はコチラからぜひ覗いてみてください。(瀬下)
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