サーキュラーデザイン、メディア展望、むこうぶち……など|ecg.mag #05

お知らせ:アナログゲーム制作が佳境! 文フリ東京にも出ます
enchant chant gaming 2023.10.31
誰でも

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こんにちは、ecgの瀬下です。

いきなりですが、ゲーム制作、というかゲームを売るためのクラファンのページ入稿に向けて佳境なのと、ゲームの告知をするべく11月11日(土)開催の文学フリマ東京に参加することもあって、今回のご挨拶はさらっと。

文フリのほうが日程が近いこともあって、進捗はいい。販促ツール的に新刊ZINEを頒布するつもりで、その内容がようやく見えてきた。しんどいのに自主制作に取り組む理由、新しい領域の制作に対する恥の感覚やままならなさ、活動の持続やそのなかでの変化、区切りをつけることなどなど。なんしか自主制作やってたり、興味あったりする人にとっては楽しく読めるものになるような気がする。

販促ツールとか言いつつ、ゆうに4時間以上も座談会を収録してしまったので構成がだいぶ大変。まあ、これも自主制作の楽しみということで……。文フリのブース(C-17〜18)に来られない方も、ゲームとセットで手に入る仕組みにしようと思う。よろしくお願いします。

🌐今月のトピック紹介

サーキュラーエコノミーないし循環型経済を中心的なテーマとした、デザインに関するアカデミックなシンポジウム。会場は京都工芸繊維大学のD-labで、8/25-27の3日間の開催(一般参加が可能なのはそのうちの2日間)。じぶんは現場には参加せず、オンラインでアーカイブを視聴しました。開催時期は真夏だったのだが、なぜいま話題にしているかというと、アーカイブの公開が9月半ばだったことに加えて、ようやく今月見終えたためです。なにしろ11時間超の動画でしたから、消化に時間がかかりました。

事例としては、〈焼却炉のないまち〉である鹿児島県大崎町におけるゴミの分類であるとか、神奈川県鎌倉市──2025年に焼却炉がなくなる自治体──でビーチのプラスチックを化学的・素材循環的にリサイクルする3Dプリンタの活用例などが紹介されました。シンポジウム全体に通底するのは、環境への配慮を含んだ意味での社会正義を、資本主義の生産体制のなかにどのように馴染ませるか、というところだったかと思います。

理論的にはArturo Escobar『Designs for the Pluriverse』(未訳)がよく話題にのぼっており、識者たちには基盤的な言説のようでした。同書は社会正義の実現と惑星規模の環境的な調和に適合するようデザインや生産の営みを変化させようという理論的な提案を行なうもので、来年中には翻訳が出るそうです。また、シンポジウム前半の登壇者である中村寛氏の議論がそれ以降の討議で盛んに引用されていたことも印象的でした。じつはEscobarも中村も人類学を専門としており、現在の学術的なデザインはそのあたりに関心を寄せているのだなあと思いました。

SFやミステリやホラーなどジャンルフィクションを広く刊行ラインナップにもつ星海社FICTIONSの近刊。「人類があらゆる生物の生殖形態を模倣するようになった近未来」における学園ドラマとロマンティックな文通を描く、著者にとって初の長篇刊行作。装画はシライシユウコ氏が手掛け、SFでこのイラストレーターとあれば、伊藤計劃『ハーモニー』の表紙絵が自動的に思い出されるというものです。装画やら内容紹介やら帯文やら、読者に興味をもたせるフックが随所にあるため、本文に取りかかる前からけっこう楽しい。わけても、作中の世界観を解説する設定キーワード集が巻頭に置かれており、ポストヒューマンがまとう衣服の設定やその者たちの倫理観といった内容が魅力的でした。この一冊の書籍がまちがいなく優れた文化産業の製品であることを好ましく思いつつ、製品としての雑味のなさの度合いに精神がざわつく感覚も憶えたり。(太田)

19世紀の写真黎明期からスマートフォンの時代まで、写真機というものはどんどん自然化・遍在化していっており、ゼロックスのスキャナー(的なるもの)をスキャン台の平面のみならず三次元的な空間に対しても向けられるようになった。村上の文と大山顕『新写真論』を読むと、ひとまずそのような認識を得られます。そしてここで村上が指摘しようとしていることとはおそらく、スキャン装置を向ける対象であるその空間が拡張し、ビジュアル・イメージが氾濫するウェブ上にまで拡がっているという事態なのだろう。というような感想をもちました。(太田)

メディア展望は公益財団法人新聞通信調査会が出している機関紙で、PDFなら無料で読める。こういうノリの雑誌では、分析ちゃんとしてるけどネタが古いってことがしばしばあるんだけど、これは月刊だからかそういう感じでもなくて。毎号どれかしらは読むべき記事があって、本当にえらい。10月号では、アメリカのマスメディアとコンテンツホルダーの凋落にかんする記事と、中国のメディア環境の変化について書かれた記事が勉強になった。(瀬下)

「NPOのためのデザイン」は、日本の非営利組織の現場で起こりがちなデザイン課題に対するTipsを昔から提供しているメディア。最近やっていて面白いのがこのタイプの配信で、NPOのスライドやチラシをリアルタイムに直していく作業動画のような内容。ところで動画そのものとは関係ないが、ここで使われているCanvaというツールは、非営利組織において相当普及していると思う。自分の知っている範囲では、Googleスライドは使える素材が少ない、KeynoteやPowerPointはコラボレーション機能がアヤしいしそもそも高いことから、Canvaを使っているという話をよく聞く。教育機関でもわりと使われていて、フリーペーパーを制作している学生団体がデザイナーから編集者まで全員が直接Canva上で作業しているとか、高校生が学校のChromebookでこのツールを使って授業の発表で用いるスライドを制作しているとかって話をそれぞれ別のところで若者が喋っていておもしろかった。と、ここまで書いていて思ったが、Canvaの回し者に思われそう。当然ですが、特に取引とかはしていないです、ある場合は最初にそう書きます。(瀬下)

最近、全国の起業文化に関心がある。このデータは読み方が結構難しく、正直サラッと紹介しづらいんだけど、関西圏との距離感が近く阿波商人の気質がある徳島県が強いというのは興味深い。ちなみに、同じ東京商工リサーチが最近出した、社長が住む街のデータも、驚きはないが見ていてなんとなくウケる。(瀬下)

麻雀漫画の金字塔的な作品。といっても競技麻雀ではなく、バブル期に盛り上がっていたという高レート賭け麻雀がモチーフ。「小金を手にして浮かれた人々が、作中最強の雀士である傀に挑んではひたすら負け続け、金や名誉を無様に失っていく」といった感じのエピソードがオムニバス形式で延々と描かれる。舞台は普通の雀荘のこともあれば、マンション麻雀、漁港、大使館など様々で、敗者を通じて戯画的に描かれるバブル期の社会や風俗がおもしろい。「傀」は基本的に負けない上にほとんど喋らないため、天災というか死神というか、人々の業を咎める超越的な存在のような雰囲気を醸し出していて、それが本作の独特な味わいに繋がっている。『美味しんぼ』や『ナニワ金融道』が好きな人には特におすすめ。現在60巻まで出ているが、ストーリー要素がそこまで強いわけでもないのでどこから読んでも楽しめる。Kindle Unlimitedにもあるのでぜひ。(松本)

カリフォルニアを拠点に活動しているシンガー/ストリーマーの方。「初恋サイダー」の作曲者として有名(個人的には中川翔子の名曲「つよがり」の作詞・作曲者としての印象が強い)なしほりさんのツイートで知った。YouTubeチャンネルは10年以上前から存在しており、かなり息の長い活動者であることが伺える。アメリカはほとんどアンテナを張っていないので正直全然様子がわからないが、どんな流れで日本型のライブアイドル/声優系シーンのパフォーマンスが広がっていったのか気になる。推しの子の影響も大きかったりするんだろうか。(松本)

ひさびさにゲンロンカフェのイベントに参加した。山内先生には学部生時代に哲学を教わっていて、ライプニッツや坂部恵、稲垣良典などを読むきっかけをいただいた。檜垣立哉氏は直接教わったことこそないものの著書はずっと拝読していて、特に『賭博/偶然の哲学』に関しては『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』に寄稿した論考でもがっつりと参照させていただいた。学生時代に大きく影響を受けたお二人が並ぶということで、自分としては胸熱なイベントだった。以下、イベント内容にはあまり関係がないけど色々考えたことをメモしたい。

坂部恵が『モデルニテ・バロック』で展開していたバロック概念は、「個と普遍」「内在と超越」「瞬間と永遠」といった、美的な事象について考えるときに頻出する矛盾?を整理するよい手がかりを与えてくれる。たとえばあるアイドルのすばらしさを言語化しようと思ったときに、そのアイドル当人が持つ(他アイドルとは異なる)卓越性と、「アイドル」というジャンル一般が持つ(他ジャンルとは異なる)特性とを区別することは案外難しい。それらはなんなら矛盾することさえある。その矛盾をクリアに整理しようとしたり、定義の再現性にこだわりすぎたりして、もともと表現したかった当の印象を捉え損ねるということもしばしばある。坂部的なバロック概念は、捉えたい現実を矛盾したままに、力が相反しあったままに記述するための操作概念やレトリックをいろいろ与えてくれる。分析の自己目的化が現実を矮小化してしまうありがちな事態を回避するための知恵として、坂部の諸概念は役に立つ。このイベントでも、「個別性と普遍性の共在」といったキーワードがたびたび登場して懐かしい?気持ちになった。

事象の複雑さをそのまま問題化するバロック的な概念で思い浮かぶのは、坂部恵もときおり言及する世阿弥が、役者の魅力を表現するときによく用いる「花」という術語だ。「花」は、役者自身がもつ技術を指す場合もあれば、観客が役者に見出す魅力を指す場合もある。その両者はしばしば矛盾しており、統一的な評価基準としてはうまく機能しない。たとえば世阿弥は『風姿花伝』のなかで、このような問いを提示している。「ベテラン役者のすぐれた演技よりも、幼い役者の初々しい演技のほうが観客にとって魅力的に感じられることがある。そうした現実があることを踏まえると、演技の研鑽を積むことにはいったいどんな意味があるのか?」。かなりざっくり要約なので気になる人は原典に当たって欲しいが、これは現代の芸能においてもあるあるな、とても「現場」的な問いだと思う。世阿弥がえらいのは、ここで(一見対立して見える)技術と魅力の関係をいきなり整理してしまうのではなく、いったん両者を包みこむ仮説的な操作概念として「花」という語を用意したことだ。現に存在する矛盾にまず名を与えて、その矛盾を矛盾のままで問題化する。それを避けようとすると、人々が現に直面していたはずのもとの問い、もとの当惑、もとの情動がなかったことになってしまう。イベントでもたびたび言及されたスアレスの個体性にせよ、ライプニッツのモナドにせよ、ボードレールのコレスポンダンスにせよ、バロック的な概念がすぐれているのは、そうした矛盾が生じている場面において、矛盾の存在を忘れさせずに残す力というか、現場保全能力のようなものなのではないかと思う。いずれにせよ学生時代に学んだこうした諸概念が、案外そのまま今の書き物を支えてくれているんだなとあらためて実感するよい機会になった。(松本)

🔗オマケ

📒編集後記

  • 相変わらず都心のカードショップに通って遊ぶ日々を過ごしています。ふと思い出されたこととして、「DiscordでVCしながらデジタルゲームをしてたあの人たち、元気かなあ?」と。都市生活が戻ったら、ネットを介した密なコミュニケーションがすっかり希薄になっていました。またひさびさにVCに入ってみよう、そう思わされました。(太田)

  • 5年ほど暮らしていた島根県の津和野に行ってきた。1年ぶりの出張。建築・まちづくり系の会社をやっている友達の事業が着実に拡大していて、おれはなにをやっているんだろうとかなり反省させられた。数年前は空き家の掃除をやっていて、地道だなあとぼんやり思っていたけれども、いまはエリアマネジメントの事業だとはっきり言えるレベル。えらすぎる。少し時間はかかると思うけど、自分も地域の仕事に時間をつかおうと決めた。(瀬下)

  • KAI-YOUさん主催のネット麻雀大会に参加させていただき、なんと優勝できました〜前回2位で悔しかったので嬉しい! ボイスチャットでわいわいしながら打つのも楽しいですね。運営のみなさまありがとうございました&お疲れさまでした。最近は忙しくてひたすら取材執筆漬けだったけどたまにはこういう息抜きも必要、必要……。(松本)

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ここに入りきらなかったURLを貼ったり、ゲーム制作の進捗を報告したりするDiscordをやっています。気になる方はコチラからぜひ覗いてみてください。(瀬下)

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